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東京高等裁判所 昭和33年(う)1682号 判決

被告人 望月徳次

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

論旨第二点について。

本件の訴因は、自動車運転者たる被告人としては本件のような歩車道の区別のない幅員六、二米の道路上を時速二十五粁で進行中前方左側を同一方向に歩行している通行人を発見したときは、単に警笛を吹鳴して歩行者に警告をなすに止まらず、通行人の態度姿勢に応じて何時でも停車し得るよう速度を減少する等危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず、被告人はこの注意義務を怠り単に警笛を吹鳴しただけで何等減速することなく漫然同一速度で進行し、被害者の動静に注意せずその右側を追越さんとしたため自己の運転する自動三輪車を被害者に接触させて被害者をその場に転倒させ、因て被害者に頭腔内出血の傷害を与えて死亡するに到らしめたというのであつて、被告人の注意義務としては要するに前方を歩行している被害者に自己の運転する自動三輪車を接触することのないような方法をとることにあるのであつて、起訴状にはその一例として被害者の態度姿勢に応じて何時でも停車し得るよう速度を減少することを例示したに過ぎず、それのみが唯一のものでその他に注意義務がないという趣旨でないことは「速度を減少する等危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず」と記載してあることによつても明らかである。即ち警笛を吹鳴して被害者に注意を与え待避して貰うこともその一つであろうし、被告人において可能な限り右側に寄つて被害者から離れて追い越すこともその一つであろう。また被害者の態度如何によつては何時でも停車し得るよう速度を減少することもその一つであつて、要は被害者に接触するという危険の発生を未然に防止する義務があるという趣旨と解すべきであるから、原判決が起訴状に、「何時にても停車し得るよう速度を減少する等」とあつたのを、「何時にても停車し得るよう速度を減少し或は迂回する等」と判示し、注意義務の例示を附加したからといつて、何等訴因の内容を変更したものではなく、従つて被告人に不意打を加えたものではない。また原判決は、起訴状では単に警笛を吹鳴したのみで何等減速することなく漫然同一速度にて進行し、被害者の動静に注意せずその右側を追い越さんとしたことが過失であるとしてあるのを、被告人は警笛を吹鳴し且つ速度も落したが、尚進行を続け被害者が待避する模様のないのを確めずハンドルを右に切るとか或は急停車の処置をとることなく被害者に著しく接近した間隔でその右側を通過追い越そうとしたことが過失であると判示したのであつて、被告人に対し起訴状の訴因より不利益な事実を認定したものでもないから、訴因の変更又は追加を必要としないのである。従つて原判決には所論のような訴訟手続の法令違反は存しない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判官 渡辺辰吉 関重夫 大塚今比古)

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